東葛病院 地域に根ざしてともに歩む
 
東葛の健康

No.259 2006年2月号

東葛病院の医療 病理検査

良質の医療に貢献する病理科
 臨床病理検査科医師・柴田信光
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 東葛病院に「病理科」があるのをご存知ですか? 東葛病院には、病理検査を専門に行う病理医が常勤しています。今回、患者様の目に直接ふれることが少ない病理科の役割を紹介します。

「病理検査」とは?
 病気の治療を行うために、まず病気を診断する必要があります。
 主治医は患者様に問診と診察を行い、血液検査・心電図・画像検査(レントゲンやエコーなど)・病理検査などを用いて、からだの不調の原因が何かを調べます。それらの検査の中でも、最終診断としての役割をはたすのが病理検査です。
 病理検査は、患者様のからだの一部を顕微鏡で観察することによって行われます。
 病院内で病理検査を担当するのが「病理科」で、病理診断を専門に行う医師が「病理医」です。

病理検査によってわかること 
 たとえば胃の内視鏡検査で、患者様の胃に異常な部分が見つかったとしましょう。内視鏡医は、その異常な部分を少量つまんで、病理検査を行うことにしました。採られたものは、病理科に届けられた後、ガラス標本(写真1)に加工されます。
 病理医は顕微鏡観察を行い、採られたものが良性(胃潰瘍など)か悪性(胃がんなど)かを診断し、主治医に報告します。胃炎や胃潰瘍との関係が深い、ヘリコバクター・ピロリ菌を顕微鏡で確認することもできます(写真2)。

東葛病院における病理科の役割
 東葛病院における病理科の役割は、「早くて的確な病理診断を通して主治医をサポートし、患者様の治療に貢献すること」と考えています。
 病理検査は、時に痛みや出血を伴うことから、患者様にとって決して楽なものではありません。しかし、病気の正確な診断のために必要な検査です。
 病理検査に対して、皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたします。


市民公開講座

「よく眠れるためには?睡眠時無呼吸症候群と生活習慣病」を開催

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質問が多数寄せられた市民講座=初石公民館


 2005年12月3日の午後2時から、流山市初石公民館2階の大ホールにて市民公開講座「よく眠れるためには?睡眠時無呼吸症候群と生活習慣病」が、睡眠を考える会の主催(東葛病院、帝人在宅医療東京株式会社の共催)の下で行われました。今回、社団法人流山市医師会からの協賛も得て、初めて院外の公共施設を借りて一般市民向けの公開講座が行われました。司会を野田市小張総合病院院長である山内俊忠先生が快く引き受けて下さり、70人以上の一般市民の参加をえて、当院副院長で呼吸器科科長の川村光夫医師が睡眠時無呼吸症候群に関して講演を行いました。

 はじめに睡眠時無呼吸症候群により実際に呼吸が止まっている場面のビデオを紹介してから講演に入りました。その内容は、睡眠障害の全般から、睡眠時無呼吸症候群について、つづいて睡眠薬の上手な使い方についてスライドを用いておよそ1時間30分に亘って行われました。このなかで、睡眠時無呼吸症候群はイビキや日中の眠気を引き起こすだけでなく脳卒中などの生活習慣病の引き金になること、健康な眠りを取り戻し、生活習慣病を予防するために睡眠時無呼吸症候群の実態と治療について理解を深める必要があると強調されました。
 また、当院において睡眠時無呼吸症候群と実際に診断された61例から典型的な治療例を紹介し、シーパップと呼ばれる鼻マスク呼吸装置により無呼吸が著明に改善されていることを呈示しました。最後に、よく眠れるために、規則正しい生活や夕方の適度な運動、寝室の環境づくりに注意を払うことを強調し、演者が実際に家庭用プラネタリウムを寝室の天井に投影して「星に願いを」の音楽とともに眠っていることを紹介して終わりました。その後、参加した一般の市民からは、自分も睡眠時無呼吸症候群ではと心配、実際にどうしたらよいのかなど質問が多数寄せられました。
 睡眠時無呼吸症候群は、寝ている時に喉の筋肉や舌が緩んで気道を塞いでしまうことにより起こり、生活習慣病との関連が注目されています。当院では、2004年7月より睡眠時無呼吸症候群に対する専門外来を開設し、「終夜ポリソムノグラフィー検査」による診断と治療にあたってきました。近隣にはこの検査まで可能な病院は少なく、インターネットで検索して当院に初めてこられた患者さんも増えています。
 今回の市民公開講座の成功により、睡眠時無呼吸症候群に対する関心が高まることが期待されています。



公開医療倫理講座
「命とどう向き合うか」

「近しい人の死をどう見送るか」を考える

 
昨年12月3日、東葛看護専門学校において、公開医療倫理講座が開かれました。講座には開業医の方々をはじめ「守る会」会員や職員など70名が参加しました。司会の片岡優子医師が「いのちと向き合う、すなわち、どういう死を迎えるか、どういうふうに自分の近しい人を見送りたいのか、そうしたことを考える場にしたい」と趣旨を説明。伊藤淑子医師が基調報告を行いました。基調報告と6人のパネリストの発言要旨を紹介します。

「自分や家族の死とどう向き合うか」問題意識を共有

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伊藤淑子 総院長

 伊藤淑子(東京勤労者医療会総院長)

 現在の「医療倫理」には、(1)臓器移植や遺伝子医療などの先端医療、(2)がん告知やインフォームド・コンセントなどの情報をめぐる問題、(3)患者の権利の問題、(4)終末期医療、脳死、DNR(後記)など死をめぐる問題等広範な内容が含まれますが、私達東葛病院では(2)(3)(4)の問題について取り組んできました。

東葛病院倫理委員会の主な取り組み
 私たち東葛病院では、2000年11月15日にこの委員会を立ち上げ、主として日常の医療活動の中でぶつかる倫理問題、患者さんと共に医療を進めて行くうえで、重要となる倫理問題を中心テーマとして討議し、日常医療活動に反映させてきました。2003年1月から、本日のシンポジストである3名の方にも外部委員として参加していただき、「カルテ開示」「ガン告知」についての職員アンケート調査や、医療現場で問題となった症例についての検討会を開催してきました。その中では終末期医療に関わる問題が難題であり、私たち医療関係者だけでなく、患者さんや地域の方々と共にこの問題を共有し、「自分や家族の死とどう向きあうか」についてタブー視することなく、日頃から話題にして行くことが大切だと認識し、今回のシンポジウムを企画することになりました。したがってまずこの間の症例検討会について、少し詳しく御報告させていただきます。

(1)終末期医療について、4回、計8例。
(1)次第に衰弱、胃ろう、気管にも簡便な管が挿入された例、主治医の交替もあり家族の心情を十分くみ取れたかどうか議論(89歳、糖尿病、高血圧、脳梗塞)
(2)意思がはっきりしている慢性呼吸不全(酸素の吸入が常時必要)の患者さんの終末期に人工呼吸器を装着した例としなかった例(70歳、58歳)
(3)自己決定能力、判断力のない髄膜炎(脳の感染症)の患者さんと、アルツハイマーの患者さんで人工呼吸器を装着した例(63歳、76歳)

(2)癌告知について2回、4例。
(1)家族希望で癌告知せず本人・家族の希望で長期、頻回に輸血などの治療を継続し、特に看護師が苦労した例(胃癌、92歳)
(2)癌告知し入退院を繰り返した後、自宅で永眠された例(57歳)
(3)癌告知した1人暮らしの患者さんの例(52歳)
(4)緊急手術後に癌が判明し告知し懸命に看護した例(58歳)

(3)胃ろう(嚥下障害で食物が気管・肺に入るのを防ぐ為、腹壁から直接胃に管を挿入)について2回、3例。
(1)本人も理解し胃ろうを設置したが我慢できず隠れて食べた例(92歳前立腺癌)
(2)誤嚥性肺炎で入院、家族の方が自然に過ごさせたいと希望され、胃ろうは作らず最後まで自宅療養を希望された例(91歳脳梗塞再発例)
(3)高度痴呆の患者さんの場合、胃ろうを作るかどうか議論(81歳)

(4)DNR(後記)について2回、3例。
(1)DNRであったが脳転移については治療が成功し、在宅療養となった例(61歳肺癌)
(2)何とか人工呼吸器離脱、在宅療養となった例(副腎白質ジストロフィーの54歳)
(3)肺炎、心不全を合併し「このままでは本人がかわいそう」とDNRを決意した例(陳旧性脳梗塞87歳)

(5)ALS患者10例のまとめ:ALS(筋萎縮性側索硬化症)、人工呼吸器を装着しないことを選択して亡くなっていった患者さんが10名中3名。また、患者会の方から呼吸器やさまざまな器具、器械を使って可能性を追求する生き方の紹介がされた。

主要テーマの「DNR」とは

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それぞれの立場で問題提起を行った六人のシンポジスト

 シンポジストのお話を理解する上での基礎知識についてのみ述べたいと思います。

(1)「DNR」とは:癌の末期や、老衰等の場合で、治療を尽くしても救命の可能性がないと複数の医師が判断した状況下で、もし心臓が止まったり、呼吸が止まった場合も救命処置である心臓マッサージや人工呼吸器の装着・使用をしないで自然に死を迎える場合を「DNR」、つまり「心肺蘇生術を行わない・あるいは試みない」といい、患者さん本人の希望、または患者さんのことを十分に良く知り、患者さんの代弁ができる家族の方からの希望によって決められます。
(2)「DNR」の始まり(DNRの歴史):1974年アメリカの医師会が初めて提唱し、日本では1995年に日本救急医学会で初めてこの「DNR指示」が言及されました。
(3)「DNR]が取り上げられてきたのはなぜか、その背景について3点を上げておきます。
(1)尊厳死をめぐる議論、運動が高まってきたことがその背景の一つです。
 医療が進歩して来る中で、「自然に反してむりやり生かされているのではないか」と思われるような状態に遭遇する機会が増え、「もっと自然な死、尊厳死」を求める声が聞かれるようになってきたことです。
 病院で死ぬということは、器械に囲まれ、体のあちこちにチューブが挿入された状態となり(これをスパゲッテイー症候群といいます)、患者さんの手を握って静かに最後を看取りたいと家族が願っても、救急処置の邪魔になるからと家族は病室から追い出されてしまうなどの不満が訴えられるようになりました。
(2)また、インフォームド・コンセント、患者の自己決定権が重視されてきたためです。
 1960年代のアメリカで、さまざまな人権運動の中から生まれたインフォームド・コンセントは、日本医師会により「説明と同意」と訳され、患者の権利の一部分であり、あるべき患者と医師の関係をしめしていると定義されました。そして、医療に素人である患者は余計なことはいわず、黙って私に任せておけば悪いようにはしないという、従来の家父長主義的な医師の態度が批判されるようになりました。第二次大戦中のナチの非人道的な人体実験や大量虐殺の歴史、また医学的研究において「人体実験ではないか」と疑われるような事例が存在したこともインフォームド・コンセントが重視される原因となっています。
(3)医師の側から見て、時として過剰な医療・無益な医療と思われることを家族の方などから要求され、それが患者さんのために良いのだろうかと疑問に思われる例の存在です。

DNRに関する問題点など 
 問題点をいくつか上げれば、(1)患者さんの病状がすでに末期であるとする医師の判断は正しいか、(2)患者さんの自己決定を重視するというが、本当の意味で本人の意思なのか、精神的圧迫はなかったか、(3)患者さん本人が意識が無かったり、痴呆で判断ができないとき、家族の判断のみで決定して良いのか、(4)救急蘇生術で命は助かっても、意識もなく人工呼吸器がついた状態が続くとしたら患者さんにとって良いことなのか。現在の日本では、人工呼吸器を外すことは殺人とされ、はずすことができない、などです。
 この後、各シンポジストの方からさまざま論じらますが、医療に対する過度の期待がないかどうか、死をどう受け入れてゆくか、どのように死を迎えるかなどについて、もっともっと普段からそれぞれが考え、家族の中でも話題にしていくことが必要だと思います。
 そういう意味で今日のシンポジウムがきっかけになることを願っております。

終末期における心肺蘇生術をしない指示について

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本間 章 院長
 本間 章(東葛病院院長)

 東葛病院におけるガイドラインについてその目的は(1)患者さん、ご家族、医療従事者にその指示の内容を正確に理解してもらうこと、(2)適切な手続きを取って行われること、(3)その指示の医学的、倫理的、法的正当性をしめすことなどがあげられます。このDNRのガイドラインの実際の流れですが(図を参照)、患者さん、ご家族から提案されて初めて検討されます。複数の医師で患者さんの病態が治療不可能な末期状態であることを医学的に判断します。そして医師以外のスタッフと共同のカンファランスを行い幅広く意見交換し、ご家族、患者さんの真意をしっかりつかみ正確に理解されているかを見極め、同意書を作成し実施されます。終末期というと生命予後はおおむね6カ月と考えられ、DNRの指示は予後おおむね1カ月と考えられています。
 東葛病院で実際に2003年8月から2005年7月までに指示された方は100名いらっしゃいます。男女比は6対4、年齢構成は40歳代から90歳までで80歳以上の方が6割以上となっています。DNRの確認後死亡までの期間は1カ月以内が6割となっています。死因は約3割の方が癌、残りは肺炎、脳梗塞、呼吸不全、心不全などです。
 厚生労働省が04年に一般の方、医療人に終末期医療に関するアンケート調査をした結果、死期が一カ月より短い場合心肺蘇生をやめたほうがいいと考える人が、一般の方70%医師で90%以上となっています。リビングウィルについても多くの人が賛成となっております。医療側は自己決定権を尊重し、リビングウィルに沿う医療を考えていますが、医師看護師にはいろいろ義務もあり制約があることも理解する必要があると思われます。肺炎や心不全、呼吸不全などの場合どこが終末期なのか分かりにくく、予後判定が困難であること、リビングウィルとして書いてあっても予想した病態をすべて網羅できないことなど、なかなかガイドライン通りには行かないことも多くあります。医療側は治療の有効性と限界を説明し、患者さんや家族の思いを考慮して一人ひとり慎重に判断しなければならないと考えています。
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 医療現場の悩みとしては、積極的安楽死と単なる延命治療の中止との境界が曖昧になってきていることです。そして、自己決定権との関係で言いますと、患者本人と家族や第3者の意向が異なる場合がしばしばあることです。特に高齢者では家族の意向が中心になってしまいがちで、患者本人の意向が二の次になる傾向があります。国民が終末期に、より良い最期を迎えるためには終末期医療に対する社会的コンセンサスがますます重要になってきていると思われます。
 最後に今回100人の方のDNRの指示を検討してみて、その判断はおおむね妥当であると思いました。基本は一人で決めない、1回で決めないということが重要で、あくまでも慎重であるべきで、独断と偏見を排する民主的集団医療を実践していくことを、強調したいと思います。

いつも人間の原点にたった論議ものすごい勉強になる
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池谷忠敏 会長

 池谷 忠敏(東葛病院医療と健康を守る会・会長)

 倫理委員会で外部委員は三人で私以外は弁護士と教育評論家の「先生」であり私だけ「一般人」ですが、患者の代表とか共同組織「守る会」の人たちの代理という意識で参加しています。
 倫理委員会主催で事例検討会もほぼ同じ回数で開かれますが、夕刻の会議なので地元でない外部委員の先生方は出席できず、私は病院の人たちからも頼まれ、「守る会」から複数以上で出席するようにしています。患者代表のような立場で出席できてよかったとその都度実感します。なにより勉強になるし、いい役割が果たせると感じるからです。
 倫理委員会では実例から一定の距離をおいたところで議論されますが、事例検討会ではお名前は伏されても、まさに具体的な事例で報告、検討が行われる、その迫真力にいつも驚かされます。たとえば筋萎縮性側索硬化症という難病について聞いただけで強烈な衝撃だし、ご本人、ご家族の気持ちを想像しただけでも圧倒されます。報告する医師や看護師も、専門職を超えた人間としての原点というようなところに立たされることが聞く方にも伝わります。短時間の事例検討会ですが、物凄い勉強になるのです。
癌告知の問題です。当倫理委員会で2003年に行ったアンケート調査で787の回答集約でした。告知か、否か、わからないと3つの答えが用意され、「わからない」が24%でしたが、「告知してもらいたい」で本人は73%、「告知しないでくれ」が3%と圧倒的な結果でした。しかし問題は家族の答えでした。正確な数字はいま出せませんが、ほぼ正反対の結果になっているのです。「本人に告知しないでもらいたい」という答えが圧倒的なのです。これは困った問題です。
 藤井弁護士に聞くと法律上では本人の意思が決定的だそうです。しかし、一方で本人の死後、治療に問題ありなどと裁判に提訴するのは家族です。ですから益々困った問題ですが、私自身は告知してもらえるよう備えておくつもりです。

患者の自己決定権を尊重する潮流が

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藤井 篤弁護士

 藤井 篤(東葛病院顧問弁護士)

 死を選択するにはどういう場合に許されるか。積極的に死に至らしめる行為と、DNRのように消極的に死を選択する行為と両方ありますが、いずれにしろ行為を選択することで死が近づきます。この行為がどういう場面で許されるのか、それは本人自身の問題ですし、医療上の倫理問題でもあります。「死を選択することがどの範囲で許されるのか」は古くて新しい問題で、森鴎外の小説「高瀬舟」で、死にかけている人の刃物を抜いて死に至らしめたと。その人が島送りになった設定です。極めて消極的に死に至らしめても、それは犯罪と扱われました。
 安楽死が裁判で争われた例があります。裁判所は6つの基準をたて、6つの要件すべてを満たす場合は無罪、すべてを満たさない場合は犯罪と判断しました。その6つは、本間先生のお話にもありましたが、死期の切迫、本人がとても苦しんでいて見るにたえない、治療の方法がない、などです。5つを満たして最後の1つを満たしていないので、被告人は有罪になりました。薬物を投与して死に至らしめたのですが、その方法が相当でないので有罪でした。
 死に至らしめる行為は、大きく分けて2つあり、積極的に死を引き起こす行為と、生命維持装置を取り付けない行為です。消極的に死を選択する結果、死が近くなることですね。今、議論されているのはDNR、積極的に生命維持をはからない消極的な選択です。しかし、人間の選択はもっと広くあります。最近、墓の近くの焼却場で老夫婦が焼身自殺をした。明らかに自殺と、妻に対しては、承諾殺人かわかりませんが、明らかに殺人です。が、報道を見ても、非難の声はなく、尊厳死、自らの死をああいう形で全うしたという見方が多かった。死の選択を自分以外の人間がすることは、大きな制約があります。死の選択に関与する、手伝うことは犯罪です。ただし殺人罪と違い、承諾殺人、嘱託殺人といい、傷害罪と大差がない犯罪です。死にたいと思う人間は多くいますが、そうでなくとも、積極的に生きながらえるよりは尊厳をもって死にたいと思う人間はかなりいると思います。
 アメリカの事件ですが、生命維持装置をはずすかどうかで親族間で争いになり、裁判所が最終的に取り外しを決定しました。死をより近づける行為ですね。裁判所がそこまで決定できるベースがすでに生まれています。「患者の自己決定権」が死の選択も議論されるようになった、結果だと考えています。死以前に、患者がどういう医療を選択するか、選択権が患者にあるという考え方が非常に強くなっています。究極の選択である死の選択も患者自身にあるとの判断です。では、終末期の患者は自分で判断できない場面が多いが、誰が決定するのか。患者の意思を忖度して判断できる者は誰か。今、多くが家族です。家族が本人の意思を代弁することも道理かなと思いますが、逆に、本人の希望と家族の希望が異なる場合もあります。家族が決定するのは必ずしも正しいことではないですね。
 現在、消極的な選択肢として、死を選択することは、本人の意思、家族の意思、それから医師の判断と、しばりをかけています。「本人の意思の決定に代わる判断を誰がするのか」という枠組みはまだまったくできていません。いずれ日本でも「死ぬときは潔く好きに死にたい。延命装置は要らない」という人も増えるでしょう。人間の尊厳と尊厳死、その決定を本人が行わなければならない、本人が行うことができる、その過程にあると。患者や患者家族の葛藤の中で、最終的には患者の自己決定権の中に死を選択する権利も認める方向に向かっていかざるをえないと考えます。そのプロセスで、インフォームド・コンセント、決定の透明性、何人もの医師が一定の期間できちんと検討を経て決定する手続きの流れになっていくと。その過程でどういう治療をしたらいいのかが今日の課題だと思います。

意味のある「生」を生きる

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能重真作 氏

 能重 真作(教育評論家)

 教育の立場から、それからまた終末期医療にかかわる家族の問題、自らの体験からお話をさせていただきます。私事で恐縮ですが、今から15年前、私は東葛病院で、胃癌の告知をうけ、胃を5分の4ほど切除しました。手術をするとき全身麻酔をしますね。そのとき「このまま生きて戻れないかもしれない」と、気持ちは意外と冷静でした。57歳でしたが、「短い人生だったが、自分なりに精一杯生きた」という思いがあった。悔いはない。残される家族の問題が念頭になかったといえば嘘でしょうけども、考えるゆとりはなかったですね。気がついたときには目が覚めていました。家族の問題を考える前に目が覚めちゃったと思うんです。その後は「生かされた人生」だと思っております。これまで語られてきた終末期医療の問題を考えますと、はたしてそうかなと思います。あまりにも高度に医療技術が発達したために、意味のない生を、本人の意思に関わらず、生かされているという実態がある。もちろん法のしばりはあるわけですが。
 私の母は他の病院で74歳で亡くなりました。母はまだ意識があるうちに、非常に苦しんでおりまして、敬虔なクリスチャンである母は「神様、早くお迎えに来てください」と。自然の死を迎えたいと。もう生きていたくないと。それほどの苦しさの中で耐えて頑張っていたんですが、やがて意識がなくなります。それでも、体をかきむしるんですね。手袋をはめさせられまして、それでも手袋を取って、最後には縛られました。その姿を見て、これで生きているといえるのかと。看護師さんは「患者さんはもう意識がありません。ご家族から見れば苦しんでいるように見えますが、本人にはその自覚がありませんから」と。母は亡くなる1週間前に覚醒しまして、私の顔を見て「そんなところで何をやっているか」と怒鳴ったんです。「仕事があるだろう」と。私はわんぱくで怒られた記憶しかないんですが、「このお袋、死ぬまで子どもだと思っている。オレもう50過ぎてるよ」と思ったんです。元気のいい、気の強い母でした。私は「お母さん、頑張って」と言いました。そうしましたら、「何のために?」と。それが最後の言葉でした。返す言葉がなかったです。こんなに苦しいのになぜ頑張らなければいけないのかと。
 私の妻の母は、もっとすさまじい、本当に見ていられない状況で亡くなりました。認知症です。転倒して、寝たきりになったわけです。認知症で、わがままいっぱい。その母は決してわがままな人ではないんです。昔かたぎの奥様生活を送ってきた人です。看護師さんに悪態をつく、乱暴するので、これまた縛り付けられまして。床ずれがひどくて大変でした。私は「人間じゃない」と思いました。あんな死に方だけはしたくない、人に見せたくないという思いがありましたね。ですから、私はもうさっさと死を選びたい。意味ある生を失ったときには自ら命を断ちたいと。死の決定権ぐらいは当たり前ぐらいに思う。自分で意味ある生だと思わなくても、死を自己決定することは、積極的な自己決定は許されない。
 私たちは教育の立場で言えば、命をどう教えるのか、生きるとはどういうことかを教えるわけですが、日本の教育に欠けていたのは、命は常に死と背中合わせですね。死を抜きにして命はないわけです。冒頭に私がお話しした自分の体験、全身麻酔を打たれて意識が朦朧としていくなかで、短い人生だけど精一杯生きたからと思えた。学生たちに訴えているのは、「死ぬときにそういう思いで死ねるかどうか」だと、「そういう生き方をしてほしい」と。そういう願いをもって子どもたちと向き合っているんです。死と向き合うことはどう生きるかと深く関わってきます。命というものは、あるいは死は、せめて自分のものだと考えたい。家族のためとか、誰かのためというよりは、自己自身のものだと思いたいですね。本人の意識がなくなって、意思表示ができないようなときに家族が決定するという、それ以外ないと思うんですけども、家族はどうしても感情があります。兄弟ならば「もっと生かしてほしい」という思い、あるいは「もういいんじゃないか」と意見が分かれたりします。その裏側にはひょっとすると利害関係、遺産相続の利害の中で親の命がやりとりされる。そういう思惑が絡みますので、私は家族の問題は死と向き合うときには脇に置きたい。せめて最後は自分の問題として自分の命を考えたいと思っています。

病棟で日々感じていること
家族と十分話し合って治療をしていく

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松尾 芳 看護師長
 松尾 芳(東葛病院看護師長)

 まず私事ですが、20年以上前ですが、私の祖母は九州の田舎で、自宅で死にました。近所の先生に往診していただいて、「今夜が山かもしれんねえ」と言われまして、朝、見に行くと、ばあちゃんは冷たくなっていました。ごはんも食べなくなっていましたし、床ずれも背中にたくさんできていましたが、病名を調べるとか床ずれの治療をするということは自宅でできる範囲内、飲み薬のみで自然に死んでいきました。朝、往診の先生に「息してないようだ」と電話をすると、「今ゴルフに行っているので、帰ってきたら行くよ」という返事でした。その言葉は今では考えられないですが、家族は腹を立てませんでした。とても自然に死んでいったような気がします。でも今はそうはいかないと思っています。医療の高度化に伴い、私の祖母のような見送られ方は少ないと感じます。医療を行わないと、医療者も家族も罪悪感になるのでしょうか。とても複雑になっているように思います。
 6西病棟でも、医療を受けて命は助かったものの、これでよかったのかなと思うこともあります。先日も気管切開の患者さんに、話ができるようにとスピーチカニューレという器具をつけますと、泣きながら「死にたい」と言われました。病状が安定していても、一人暮らしや老々介護といわれる介護力の問題などで、なかなか自宅に帰れない方もたくさんいらっしゃいます。転院先も現実にはなかなかない現状です。私たちの医療はこれでいいのかと日々考えています。先日も、高齢の気管切開をされた方のご家族と、これからのことを話したとき、「先生に気管切開後の介護のことをいろいろ聞いたが、肺炎を起こして家族としてはそういう選択しかなかったんだけれども、現実的になってきたら、今は後悔している」といわれました。ご家族にとっても、本人にとっても、こんなに大変になるとは思ってなかったんじゃないかと思います。脳梗塞の方でもそういうケースになってしまうことはあるかと思います。事前の話が決定になるとは限らないかもしれませんが、本人がどのような終末期を迎えたいのか、延命治療を望むのかということを、やはり聞いておくことが大切なのではないかと考えています。
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会場からも積極的な発言が相次ぎました
 また、気管切開はしなかったけれども、肺炎を何度も繰り返す方もたくさんいます。そのたびに抗生剤を使用して、最後は抗生剤を使用しないと熱が上がりっぱなしで、ずっと使っていくんですが、抵抗力もなくなってきますので、痩せ細り、床ずれも防ぎようがない状態になっていきます。しかし、病院にいて、肺炎を前にして治療をしない決断をするのは、医者としての責任もありますし、使命感もあります。しない決断をするのは勇気がいると思います。ご家族の思いと、医療として当たり前に行ってきた治療行為とのギャップがかなりあるんじゃないかと感じました。本人の気持ちを尊重し、ご家族と十分話し合って治療をしていく、それからご家族の思いを表出できるようにサポートしていく。看護にはこれが求められていると思います。


医師としての立場と個人としての考えがなぜ違うのか
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濱砂一光 医師

 濱砂 一光(東葛病院外科科長)

 今日のテーマから、正直な本音というものをお出ししてみようかと思いました。どういう話をしようかと悩んだんですが、思っていることをそのまま言ったほうがいい、という話だったので、私の思っていることをお話ししようかなと思います。
 一般の方には、いろいろな要因があったりして簡単には言えないと思いますので、そういう目で見てください。

[症例1]65歳の大腸癌の方で、全身に転移しており、だんだん具合が悪くなってきて、そろそろ寿命が来そうだという場合、どういうふうにご家族にお話をしようかと思います。私は、「癌が進んでもうすぐ寿命が来られそうです。今後、呼吸が止まったり心臓が止まったりしたときにどうしましょうか」とお話するんです。「治ることは残念ながらないだろう」と。「そういうとき、延命治療をするかどうかですが、私個人としてはしなくてもいいんじゃないかと思うんだけれども、ご家族としては、1日でも長く生きていてほしいというお気持ちはもっともなことでございますので、どうしましょうか」というお話をします。ただ私の心の叫びがここに書いてあります。「本当は蘇生などしなくてもいいんじゃないかなあ」とじつは思っているんですけども、「人によって考えは違うかもしれない」とも思い、「やはり言えないかなあ」と。この場合「じゃあ安静なかたちでお願いします」という方が多いのが実際のところですが、「やるだけやってください」と言われる方もいます。「それももっともだな」と思いつつ、「どうしましょう」という話をしつつ、「そういう考え方もあるのかな」とも思うんです。

[症例2]85歳。肺炎を繰り返していて、だんだん弱っている。今回もまた重症の肺炎になって、呼吸の具合も悪いので人工呼吸器が必要な状態になってきた。でも、呼吸器をつけたからもつかというと、どうかなと。私は「非常に重症の肺炎です。助かるためには人工呼吸器などをつける必要があります。しかし、それで助かるかというと、そうでないかもしれません。つけたらずっとつけたままかもしれないし、でもつけないと、助からないかもしれません。どうしましょうか」という話をします。でも、心の中では「本当は助かる可能性はとても低いし、かわいそうだからしないほうがいいんじゃないか」と思っています。でも、「絶対助からないと100%言えますか」と言われると、「そう言われるとなあ……」というのもあります。終末期かどうかで悩むという例かもしれませんが、やり過ぎないかというとまたキリがないんですが、心の悩みとしてある。

[症例3]80歳、だんだん衰弱して寝たきりとなり、往診しています。今後をどう説明しようかなと。私は、「今後具合がいよいよ悪くなったとき、ご本人はおうちで最期を迎えることを望んでおられますが、ご家族としてはどうされたいですか?」と言います。私の気持ちとしては、「老衰だし、病院よりも家のほうがいいんじゃないかな」と思っているんだけれども、「老衰っていったいなんだろう」とか「老衰で死ぬってどういうことか」とも思っています。

 医師としての立場と個人としての考えがなぜ違うのか。ひとつは、そもそも終末期なのか判断が難しいという点です。それから、ご家族は私に感想を求めているわけではないですから、医師として中立でありたいと思う。しかし、中立というのはどこが中立なのか、難しいという思いもあります。それから、私の考えが一般的でないのかもしれない、という思いです。
 さきほど松尾さんから祖母の死のお話がありましたが、私の家は山奥に住んでいたものですから、祖父母も入院もせずに家で死にました。祖父は突然動かなくなって、「ああ昨日、おさしみをあんなにいっぱい食べたから、満足だったろう」と勝手に決めて、医者に見せることもなく、母が介護して3カ月後に亡くなりました。祖母は一度長期療養の病院に入ったんですけども、家に帰ったら、「病院はやっぱりいやだ」と言って、そのまま家で亡くなりました。
 私は自宅で生まれたんです。同級生などはみんな病院で生まれていて、「うちは貧乏だったのかなあ」と思ったんです。そういう環境を考えると、私の考えは一般的でないのかもしれないとも思ってみたり、自分の意見を押し付けてはいけないとも思っています。「後々もめると大変だ」という気持ちも正直あります。では、患者さん、ご家族の考えはどうなんだろうか。医師が考える個人の考えと、一般の方の考えとは本当にずれがあるのだろうか、あるいはそうでないんだろうか。なぜずれるんだろうか。こういうことを考えられるといいかなと。今日参加されている方からもご一報いただければ嬉しいです。



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