東葛病院 地域に根ざしてともに歩む
 
東葛の健康

No.275 2007年6月号

社会復帰にむけ患者・家族・医療チームが力合わせる
回復期リハビリ病棟 7月開設へ準備すすむ

 7月より「回復期リハビリテーション病床」32床が4階西病棟に開設を予定しています。5月から準備を開始し、対象患者さんの入院が始まっています。この病棟は、リハビリテーション(以下リハビリ又はリハ)を集中的に行うことにより、脳卒中や下肢の骨折などで新たに障害をもった方が、身のまわりのことが自分で行えるようになり、住み慣れた地域で暮らし続けられるようにすることを目標とした病棟です。(医療法による対象疾患は別表を参照)

リハビリテーション科長・北村依理

病棟の機能を高めるために改修

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明るく広い「食堂」でゆっくりとリハビリに励む患者様

 車椅子で使える洗面台、障害者用トイレ、病棟の患者さん全員が座れる広々とした食堂ができあがりました。食堂は、家に例えると居間の役割を果たしています。食堂で新聞を読んだり、作業療法を行ったり、お見舞いにこられた家族と話し合ったり…という光景が見られます。「訓練として車椅子に座っていましょう」と言わなくても、座っている時間が自然にのびる場になっています。

生活感覚でリハビリを

 病棟改修と専従のリハビリスタッフの配置を力に、回復期リハ病棟では、原則的に朝起きたら洗面所で洗面をする、病衣から私服に着替える、食堂で食事をする、排泄はトイレでする、などに取り組んでいます。
 普通の人にはあたりまえのことですが、脳卒中で片麻痺があったり、足の骨折の手術後で起き上がったり、車椅子に乗り移ったりすることにも介助が必要な患者さんにとっては大変な動作で、病棟スタッフには大きなリハビリ目標です。
 家に帰りいつもの生活に戻るには、起きる、着替える、移動して洗面やトイレ動作ができるだけ自立することは重要です。例えばトイレの動作の何が難しくて手助けが必要なのか、患者さんとともに病棟スタッフが頭をしぼり、「ズボンやパンツの上げ下ろしの時にふらつくので、立位時のバランス訓練、腰のまわりにゴムひもをつけてそれを上げ下げするような模倣動作訓練を行おう…」などと病棟での身のまわりの動作自立にむけてとりくんでいます。

退院後の生活にむけての準備     

回復期リハビリ病棟を担う職員(中央が北村依理医師)

 入院時より患者さんの年齢、病気、障害の重さ、もともとの状態(屋外も歩いていたのか、杖で家の中だけ歩いていたのかなど)により、回復期リハ病棟スタッフが集まり、歩けるようになるのか、車椅子生活になるのか、介護の必要性等について見通しを立てます。その結果にもとづいて、時間をかけて患者さん、ご家族と話し合い、退院後の生活をどうするのか相談していきます。

住宅改修も一緒に検討

 リハビリのスタッフが、退院前にご自宅を訪問し、手すりの取り付けや、段差の解消など住宅改修を一緒に検討します。
 さらに付属診療所の訪問診療や、訪問看護ステーション、通所リハビリを含む地域の在宅を支えるサービスやケアマネージャーさんとも連携をはかります。
 室料差額のない回復期リハビリのベッドを有効に活用したいと考えています。

準備に当っているスタッフのひとこと

 車椅子に移るのにすごく介助が必要だった方が、一日ごとに自分でできることが増え、軽く介助するだけで移動が可能になりました。そんな姿を見ていると、こちらも元気をもらいます。
茂木基子 看護師長


 初めは不安でした。でも他職種が相談にのってくれたり、逆にリハビリスタッフに介助方法を相談してくれることで、患者さんのできることが増え、表情が良くなっているなぁと日々感じています。
横沼亜維子  理学療法士

回復期リハ病棟の医療スタッフ

 医師、看護師、作業療法士、理学療法士、介護福祉士、医療相談員

お問い合わせは
医療相談室:渡邉真紀子
電話:04・715 8・9229

対象疾患
◆脳血管障害、脊髄損傷等の発症または手術後2ヶ月以内の状態
◆大腿骨、骨盤、脊椎、股・膝関節の骨折または手術後2ヶ月以内の状態
◆外科手術または肺炎等による廃用症候群を有しており、手術後または発症後2ヶ月以内の状態
◆大腿骨、骨盤、脊椎、股・膝関節の神経、靭帯損傷後発症から1ヶ月以内の状態

 



歯科コーナー 知ってました?

歯が抜けてしまったら

1本でも失ったら放置せずに

歯科衛生士 須貝桂子

写真 成人の口腔には通常28本の歯があります(親知らずを入れると32本になります)。
  皆さんは歯が抜けてしまったときどうしていますか? (1)入れ歯?(取り外しが可能で、床がついているもの)。(2)ブリッジ?(歯がなくなった前後の歯を削り、土台をつくり、冠をかぶせる固定式のもの)。(3)インプラント?(骨に人口の歯根をうめこんで、天然歯の代わりとして使うもの)など……さまざまな選択肢があります。
  どの補綴(人工的なもので補うこと)にも、利点・欠点がありますが、1本でも歯を失った時は補綴をしたほうが良いでしょう。
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歯が抜けたままの状態にしていた場合に起こりうる疾患
  歯の役割には、咬む役割・発音の役割(息がもれる)・審美的役割があります。前歯がなくなったときなどは、発音・審美的にも影響があるので、歯科を受診する方も多いと思います。しかし、奥歯が1本抜けたときはどうでしょう? 咬むのにそれほど支障がなければ、そのままにしておくこともあるかもしれません。
  抜けたところをそのままにしておくと、咬み合っていた歯は抜けたところへ伸びてきて、隣の歯は抜けたほうへ倒れていきます。そのような状態になると、歯ブラシが当てにくいところができ虫歯になったり、隙間がないので補綴をするのも困難になってきます。
  歯が抜けたときは期間をあけず、早めの歯科受診をお勧めします。



聴診器

母の日

 5月の第2日曜日は母の日でしたが、90歳を過ぎた母の様子が気になり、早朝の新幹線に乗りました。終着駅には白髪の増えた兄が迎えに出てくれていました。
 母は、ケアハウスでヘルパーさんのお世話になっているのですが、思いのほかに元気で上機嫌でした。ずっと喋り続けていましたが、その中身は昭和初期の自分の子どもから青春時代の苦労話で、今まで何度も聞かされた話でした。途中で一銭五厘の切手が貼られた葉書が出てきたのには驚きましたが、最近の話は、自分が中学時代の40年前のことで、そこから時間が止まっているようでした。
 あまりにつらかったことばかり話すので、人生の中で一番楽しかったことは? と尋ねましたが、聞こえないふりをして何も答えてくれませんでした。元気に話す母を見て、兄が自分のほうが先に逝くかもしれないとつぶやくと、急に怒り始めてしまいました。これから自分が老いた時に何が思い出に残っているのだろうかと考えながら帰路につきました。(K)



住みやすい町を取り戻そう

第19回 流山社保協総会開く

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流山社保協総会であいさつする伊東繁副院長=5月12日

 5月12日東葛病院において、社会保障推進流山市協議会(流山社保協)の第10回総会が、約30人の参加で開かれました。
 はじめに乾紳一郎流山市議会議員(共)が市政について講演。乾氏は「この4年間で市は出張所や保育園を減らし、難病福祉手当を削ってきた。いっぽうで新線沿線の無駄な巨大開発に、税金を湯水のように注ぎこんでいる」と市政の問題をただしました。
 各団体からこの間の活動やくらしを取り巻く状況などが出されました。民商は「おおたかの森ショッピングセンターの進出で、江戸川台に1件だけあった本屋さんが廃業した」。つづいて東葛病院の職員は「近くで生活品を買えるお店が消え、通院の時に病院の売店でまとめ買いをしている方もいる」と報告し、「高齢者が身近な商店街で買い物できる町を取り戻そう」と運動方針の追加を提案。全体で確認されました。
 総会にはもと東葛病院小児科医で、7月の参議院選挙に日本共産党から立候補を予定している、谷川智行医師からのメッセージが紹介されました。


社会保障推進協議会=社会保障の拡充を目的とする全国組織。流山社保協は、年金者組合、新婦人の会、千葉土建流山支部、民商、生活と健康を守る会、東葛病院など10団体で構成。


みんなで命が大切にされ希望のもてる社会つくろう

谷川智行氏のメッセージ

写真 医療現場で、治療費が払えずに必要な治療を中断してしまう患者さんや、公費での治療を不当に打ち切られる子どもたちの姿に本当に悔しい思いをしてきました。
 国民に負担と痛みをおしつけ、憲法改悪と戦争への道をひた走る安倍自公政権は絶対に許せません。
 命が大切にされ、すべての人々が希望をもって生きられる社会をつくるために、私はみなさんと力をあわせて全力でがんばります。

略歴】 1971年長崎県大村市生まれ、35歳、1999年香川医科大学医学部(現香川大学医学部)卒。高松平和病院(香川県)、代々木病院、中野共立病院(東京都)東葛病院などで勤務。東京反核医師の会会員。
 趣味はクラリネット演奏、旅行。スポーツは、空手、バドミントンなど。

 

 



表


ぶらり・とうかつ(138)

今上落とし[1]

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今上落としの終点
―流山2丁目

 ずっと前から気にかかっていた。江戸川左岸沿いに流れるともなく、草深い堀底に湛えている水。江戸川が利根川と呼ばれていた時代の支流ではなかったのか、と思っていた。
 土地の人はこの堀川を「落とし」と呼ぶ。実はこの堀川はレッキとした「一級河川」で国交省の管理下にある。堤防沿いに野田市に向かい運河を超えて1`bほど行ったあたり、今上三尺道下。(道幅が1bでこの名がついた)ここが堀川の水源地である。大正12年に刊行された東葛郡史によると、「三尺道下ニ起コリ流山町字根郷ニ終ワル。延長2里6丁58間、水深2尺水面幅4間」とあり「大正6年度管理費、維持費決算額ハ2千百14円ナリ」とある。
 一体この堀川がいつ造られたのかについては関係の役所や80歳以上の農家の人と思われる数人に尋ねたが不明である。少なくとも明治以前であることは確かで、同時代にできた「関宿落とし」が嘉永年間(1824〜1853)とあるから、ほぼ同時代とみていいのでは。堀削の工事費は明らかでない。明治23年にできた利根運河の総工事費が55万円前後、それから40年ほど前の話である。上記の維持・管理費は沿線の町村が負担した。
 さて、「落とし」であるが、ご承知のように江戸川沿線の田圃、畠は東に高台の市街地を、西には堤防の狭間にあり、いったん豪雨に見舞われると湖のようになってしまう。そこで造られたのが排水のための水路で、今上に発し、10`b下流の根郷(流山2丁目)の水門から江戸川に落とす、という知恵であった。(田)




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